うで毛を剃らない女: Being Hairly Woman is Fun

結構前のこと。6月にプチ卒業パーティーということで、大学から車で40分くらいのところにある、Ashdown forestへクラスメートと1泊旅行をした。ハイキングして夜はフルコースのBBQ、のんびり。

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今年もテレビのコマーシャルや電車広告はたくさんの「ムダ毛」系情報にあふれ、無毛を強制してくる。そこで少しばかり「ムダ毛」について、書こうと思う。

思春期を迎えたころから、夏が近づくと、憂鬱になる理由が2つ。それは蚊にさされることと、自分がとくに毛深いほうだったから、腋・うで・脛のヘアーとどう闘うかということだった。

「ムダ毛」の闘いの最初の一歩は、小学生のときだ。ある日、クラスの男の子に「まゆ毛が繋がっている」と言われたのだ。隣にいた女の子が「失礼しちゃうな~こらっ」みたいなことを言ったのを覚えている。

その時はそんなに気にしなかったけれど、まゆ毛濃い⇒恥ずかしい、の等式は威力を増し、私はムダ毛処理の渦の中に巻き込まれていった。

脱毛テープ、クリーム、カミソリ、毛抜き、電気毛抜き…いろいろと試した。試したけれど、ヘアたちはしぶとくて、なくなるどころかスクスクと育った。とくに腕は長年の日々の処理に生き残っただけあって、すごく長くてふわっふわ。扇風機の風に揺れるのが見えるくらいだ。

どんな感じと言うとこんな感じ。

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この写真なら分かるだろうか。

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たくましい腕!

処理しなくていいんじゃないか、と考え始めたのは2013年頃だったと思う。欧米の女性はうで毛を気にしないけという話もあり、「ムダ毛」を処理し続ける意味が気になった。なぜ女の子だけ毛がムダになるのか。

まいにちパンツで出勤していたので、まず足の処理は簡単にやめられた。腕はやっぱり気になって、表向きはクーラーがきついという理由で、長袖を着ていることもあった。

その一方で、京都の真ん中で働いていたので、ワキの処理から解放されたくて、隣の隣のビルに入っている大手エステの脱毛に通っていた。うで毛は処理していなかったけど、ワキはどうしても気になったのだ。エステティシャンの人達も、奇妙なお客さんだな~と思っていたかもしれない。

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つるつるの無毛肌がいいと思うのもよいけれど、それでも処理するのが身だしなみ、処理しないのは外見を諦めていて、怠慢、というのは偏狭だと思う。

イギリスでうで毛を処理している人は見たことがなかった。もっとも、体毛の色が目立たないという事情はある。また肌がブラウン~黒ならば、うでや足の毛は目立たない。

目立たないかどうかは横においても、フェミニズムの流れでわき毛やムダ毛を見せることがある。町やジムで観察していると、ワキを処理しないのは少数派だった、けれど、Brightonという街の性格もあって、全く希少と言う訳ではなかった。

日本のサイトでも、おしゃれで素敵な海外の女性が腋毛を伸ばしていたり、ピンクに染めている記事など取り上げているが、日本のセレブにはまだいないようですね。こういった記事を書いているひと、実際どうしているのか。

毛を剃るのをやめた女性たちがなんだかカッコいい

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Guardianでは、アディダスの広告になった、すね毛をふさふささせた女性の写真を取り上げている。ピンクのドレスを纏った女の子が威圧的に見下ろしてるアングルで、強く自立した女性を印象づける。

Hairy legs in a fashion advert are good news for feminists … aren’t they?

まとめサイトなどを見るといろいろな議論がある。フェミニズム系が多いですね。こちら( Everyday Feminism )は体毛の処理で女性をStigmatizeしてはいけない4つの理由をあげている。

①幼い女の子の視野を狭める
②女性性・男性性の2項対立を暴力的に助長する
③(②を受けて既存の常識を疑うのは)レズビアンの女性だけではなく、ストレートの女性もより自由にする
④Othering (他人化、あるものや人を道のものや自分と異なるものとみなす行為)

①~③は分かりやすい。選択肢を限定されないということだと思う。

④は何だろう?と思ったが、体毛処理の有り無しが、社会的なカテゴリーと結び付けられることだそうだ。例えば、美しい歯並びの白い歯、クリアな肌、キレイ目の洋服、といった外見が、階級を示唆するものになるのと同じだ。

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こんな研究があるそうだ。アリゾナ大学のFahs教授は、女子学生に10週間すね毛と腋毛を伸ばしてもらった。その結果、多くの学生は自分の体を「dirty」と感じ、家族やパートナーから嫌悪、怒りの対象となってしまった。

ただし、特定の学生は非常な嫌悪感を示されたという。ワーキングクラスの人、有色人種はより難しい状況におかれるというのだ。有色人種の女性は体毛によって白人中流/上流階級の女性との「違い」が強調される、と話したという。肌の色に呪われて、毛に呪われて、マイノリティが二重に疎外されるというような話だ。同じコンテキストを日本では感じにくいかもしれないが、この呪いの刷り込み自体は分かる。

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ムダ毛処理の歴史は結構長いらしい。古代エジプトでもローマでも、女性はムダ毛処理のプレッシャーのもとにあったという。へぇぇ。

しかし一般化するのは、カミソリや脱毛クリームが大量生産されるようになった19世紀。コンシューマリズムと共にムダ毛⇒恥ずかしい、という刷り込みが行われ、20世紀に入ってからの新しいファッション、露出が高いドレスやビキニの登場も、拍車をかけたらし。

一生懸命に自分のカラダと、果てない闘いをするのは…、不毛。1960年代に始まるフェミニズムで人類史上初めて「アンチ・ムダ毛」のイデオロギーが誕生したけれど、今もまだ大成功には至っていない。

先のGuardianの記事は、脱毛や美白コンシューマリズムに作り上げられたこと、そして今度は「毛」をクールな素材として扱い始めたことを指摘している。その上で、アディダスの広告による「ジェンダーの境界の再考」に対して、不愉快に感じることは、まだまだ女性の選択肢は自由でないと。

 

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もしかしたら、来年の夏頃から、日本でも「毛」が流行るかもしれない。それはファッションリーダーたちに限られたものになるかもしれない。日本のムダ毛に関するスティグマはものすごく深いものがある。

先日も友達の息子さん(4歳)は私の腕を見て、「なおちゃん、すげー男だあ」と言われたので、「女の子でもね、毛があるんだよ~」と話した。

自分のからだに自信が持てず、他人の目が気になってなんとなく隠しちゃうことが今もある。例えば電車で、「隣に座っている女子高生、どう思っているかなあ」とか。うで毛なんて小さなことだけれど、少しずつ自分と他の人の呪いを解きたいと思う。

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読書録#14 D.Mosse”Cultivating Development”と瑞牆クライミング合宿

さて課題図書の3冊目、D.Mosse (2006) “Cultivating Development“イギリスのDFID(UK Department for International Development)がインドにおいて、1990年~200年代初めに行った参加型開発のプロジェクト(IBRFP)に継続して従事した、「人類学者コンサルタント」の著者が記した本。現場から地域開発の理論の根本に向けて、痛烈な批判を行っている。邦訳は無い。

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読書録#13 R.Chambers “Revolutions in Development Inquiry”

ひどい事件が起きてニュース聞をきたくない。でも現実だ。
まだ真相が良くわからないし、これから色々な報道がされるだろう。「痛ましい」というのを通り越している。何より恐ろしいのは、誰の心にも生まれうる、または現にある、人間性に悖る差別が、暴力的な形で顕在化しているように見えることだ。

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読書録#12 A.Sumner and M. Tribe “International Development Studies : Theories and Methods in Research and Practice”

グアテマラに滞在中、進学先のIDSから基礎文献のリーディングリストが送られてきた。Development Studies の基本的なテキストに加えて、社会学、経済学、一時話題になった本まで、幅広いジャンルがコメント付きで紹介されている。全て読むのは難しそうなので、とにかく「*(特に重要)」が付された本を早速注文した。電子書籍もあるけれど、やっぱり紙が手元にないと読む気が起こらない。

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ケツァルの国グアテマラ:感想編

グアテマラに行ってみて、まだまだうわべだけとはいえ、ラテンアメリカに触れる機会となり大変ありがたかった。3つだけ感想をあげるとすれば、
①国土や街がゴミだらけ
②私は我慢する力が足りない(日本快適すぎる)
③お腹は壊したくない(健康は大事)
以上。

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ネガティブばっかりだが、楽しげなことは前の文章で書いたので、ここは現実的にいきたい。ただし、まだまだ表面に触れただけなので、ほんとうの感想が出てくるのは、もう少し後になってからだと思う。ではグアテ滞在中に読んだ本のことなど。

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読書録#11:Bob Jessop “The State: Past, Present, Future”

グアテマラに来て2週間、今日はQutzaltenango近くのスニル見学→温泉→ウエウエテカでグアテ料理。他の学校で勉 強している日本人の方と一緒だったが、外の人と積極的に話していて、スペイン語を使う姿勢に学ぶところが多かった。いろいろ理由をつけてチキっていてはダメなのだ。

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さて、4月〜6月に京大の講義に出ていた際のテキストについて、書き残す時がやっときた…
Bob Jessop “The State: Past, Present, Future”

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読書録#10:Gift from the sea

4月から出席していた大学の英語講義がやっと終わった。2冊のアカデミックな英語テキストを読みきるのも一仕事だし、英語でのプレゼンとディスカッションを用意するのは集中の要るものだった。こんなに授業を時間をかけて丁寧に受講したのは初めてかもしれない。。。自分の負担でやるって大切。。。

さて、時間があれば「テキスト読まんといかん…」という強迫観念から解放されたので、ふつうの本をひとつ。
Anne M. Lindfberg『The Gift from the Sea』

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