読書録#12 A.Sumner and M. Tribe “International Development Studies : Theories and Methods in Research and Practice”

グアテマラに滞在中、進学先のIDSから基礎文献のリーディングリストが送られてきた。Development Studies の基本的なテキストに加えて、社会学、経済学、一時話題になった本まで、幅広いジャンルがコメント付きで紹介されている。全て読むのは難しそうなので、とにかく「*(特に重要)」が付された本を早速注文した。電子書籍もあるけれど、やっぱり紙が手元にないと読む気が起こらない。

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A.Sumner and M. Tribe “International Development Studies : Theories and Methods in Research and Practice“(2008)

Amazonで注文して最初に届いた一冊は、①Development Studies(DS、開発学)とは何か、②開発学における研究と実践の方法論と認識論、③研究と実践のリンク、について再考する本。写真左(写真右は次に読み進める予定の本)。

DSそもそも論を多彩な参考文献を用いて研究された、大変な良書だと思う。ただしペーパーバックは製本の質が悪いらしく、ページが大変もげやすいので注意。

さて、研究と実践といえば、大学生の時、平成の自治体合併についてケーススタディをして、当事者性のない観察者の図々しさ、後ろめたさに嫌気がさしたのに、5月まで「まちづくり」のコンサルタントの会社に勤めていた。

仕事で携わったたくさんの案件は、いわゆる「まちづくり」「地域活性化」といった類のものだったが、自分の中で違和感はずっと残った。仕事ならば完遂はできるが、心から馴染めることがなかった。地域の中の当事者でもなく、客観的かつ自明の技能領域が確立されていないという不安に加えて、携わること1つ1つは純全なケースの積み重ねで、それを続けても安住の領域にたどり着かないだろうという予感やイラつき、そしてそのように捉えること自体のクライアントへの罪悪感、があって腑に落ちないものを抱えていた(いる)と思う。

まちづくり(広義の地域開発に入ると思う)をめぐる話で、理論を求めることにどれくらいの意味があるのか。今まで読んできた文献(日本語)では、納得いくような説明はあまり見たことがないし、せいぜいケーススタディの類型化くらいで止まっているように感じる。

森羅万象の現実の実践から出発する学問であり、果たしてどの程度普遍性や理論を求めるべきなのか。理論(Theory)の扱いをめぐる葛藤は、モヤモヤの一つだ。

そしてもう1つ大きなモヤモヤを挙げるとすれば、研究の手法だ。非(反)主流派経済学を学ぶ中で、量的研究と質的研究のバランスは気にかかるところだった。ケーススタディを多くやる分野なので、どうしても質的研究に偏りがちになる。しかし、量的アプローチをどのように行い、どう利用したら納得いくデータとして論文に載せられるのか、あまりにも無知だったし、チャレンジする意欲の無いダメ学生だった。

開発学を学ぶにあたり、これまでの大学や仕事を通して、溜まっていたモヤモヤへの手がかりが得られるのでは無いかと思っている。解決はしないかもしれないが、少なくともそこそこの歴史に培われた英国開発学の視点から、学ぶべきことは多いはず。

 

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さて、こちらの本の著者は、まず最初にDSにおける理論の扱いについて、「エリアスタディーと異なり、開発理論の根幹を含んだ学問」が開発学という。そして、「理論とは、関連するデーターを判別するベース・フレームワークになるもの」であり、「異なる理論は異なる現実をとらまえ、”世界観”を提供する」という。

理論とは「ものの考え方の方法・フレーム」であり、どのようなツールを使うかによって景色は異なる。よって、何が望ましいのか、意識的に選択しなければならないし、選択の余地が無くても利点と欠点を認識しなければならない。

研究手法についても共通のことが言える。量的研究と質的研究の合わせ技が必要だが、調査研究の実施において、その分配・比重を明示的に位置付けるべきという点が強調されている。また、時系列的に2つの研究の順番も、何を証明したいかに依存する。

このような視点から、Participatory Rural Appraisal(PRA、参加型地域開発手法)についての批判、介入によって分析に客観性がなくなること、への指摘が述べられている(ちなみにPRAはR・Chembersが提唱した開発の手法で、これから勉強するのでまだ詳しく書けない)。確かに、当事者に近づくほど指摘される事態は起こりうるだろうし、プロジェクトとして成し遂げたことにより、事態はbetterに向かっている、と信じる心は避けられないだろう。

また、DSの専門家による介入にどれくらい意味があるのか、どれくらい利益を生んだのか、その評価の手法として、簡単な増分分析によって、どの時点で介入によるベネフィットが介入なしの場合を上回るのかが示されている。

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素朴に考えても思い当たる指摘だし、実際に測ろうとしたら物凄く難しくなるだろう。介入のプロジェクトによって発生する多面的な効用から、予算、人的資源、社会的摩擦などなど、多面的なネガティブ要素を引くことが必要だからだ。しかも、全部の要素を数値化しなければならない。

そうではなくて、このような現象があるということを意識することが重要であり、ともすればドナーの意向や研究者のエゴに引きずられるDSの実践的フェーズを見直す、一つのフレームを与えているということだと受け取っている。

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PRAに関わる批判的研究は、JICA関係を中心に日本語でも多くの蓄積があるようだ。。。こっちも読まなければならないなぁ。

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