ゆるく、正しく、美しく:『孤独のススメ』(原題;Matterhorn)

退職に当たり歓送迎会で、寄せ書きならぬ「寄せ巻物」をいただいた。そのなかで、ある大先輩から「清く、楽しく、美しく」という言葉をもらった。いつも情熱をもって仕事をされており、丁寧にクライアントに寄り添う方で、よりよい仕事を自分達も楽しみながらしよう、という気持ちを込めてくださったのだと思う。

DSC_0011.JPG

私はこれにもうひとひねりして、ひとつ「ゆるく正しく美しく」としたい。「正しく」は左脳的な、理論的な部分での人間性への善のこと。正義とか合理性とかの前進である。「美しく」は右脳的な、感性的な善のことで、美学やモラルなどの向上と考える。

最初の「清く」は私が望むには無理が大きい。そこで、「ゆるく」として、物事に対するオープンネス・フェアネスで、殻に閉じこもらないリベラルさを持つことを表したい。だらしがないということではない。これ以上ゆるくなる気?と怒られそうではある。

さて、先日京都シネマで『孤独のススメ』(原題:Matterhorn)を見た。2013年のオランダの映画で、エビンゲ監督という人の初長編作らしい。いくつか映画賞を受賞している。そのあたりの事情は全く不案内なので、とりあえず先入観なしに、京都シネマのセンスを信じて観る。

すこし奇妙なすじがきの物語で、突飛なことは何もないけど、ラストには人生ってすてきだなぁーと思えるという、ヨーロッパ発のミニシネマ系作品にありそうな展開というか、『アメリ』みたいな感じかなと思いきや・・・

大体その通りであった。
結論としてはその通りなんだけれど、物語がちょっとヘンだった。結論を先に言うと、とても面白い。

あらすじはこんな感じ。

妻を失った中年男のフレッドが主人公(妻は彼の運転する車で事故死している。だから彼は今ではバスにしか乗らない)。彼はオランダの片田舎の、厳格なプロテスタントのコミュニティに生きている。向かいにはコミュニティの模範的住人である顎のごついメガネ氏が暮らしている。息子が1人、かつていた(息子はゲイらしく、彼はそれを受け入れられず、ずいぶん昔に勘当してしまった)。

ある日、テオという風変わりな男が、フレッドとメガネ氏の前に現れる。フレッドは行きがかりからテオの世話をするようになり、いつしか過去に信じてきた「正しさ」の殻が崩壊し、ジェンダーや神への信仰、時間的な正確さ・勤勉さ、職業の卑賤などに対して、どんどんゆるくなり、自分の過去からも自由になっていくさまが描かれる。

そして、フレッドはテオ、テオの妻、自身の息子、まちの子供たち、屈折した感情からフレッドを激しく攻撃してきたメガネ氏にまで、愛を注ぐようになる。

 

この作品には、ゲイやクィア的にあることへの言及が、暗に明に何度も出てくる(それがお話の背骨でもある)が、マイノリティとしてのLGBTQの話にとどまらず、もっと分け隔てない、大きな、一般的なヒトへの愛をテーマにしていると思う。

だからこそ、作品のタイトルは「Matterhorn」。最後にはその威容が、少しの唐突さをもって、作品のシンボルとして登場するが、せせこましい現世の縛りを超越した存在という意味があるんだと思う。

マッターホルンはあまりにも有名なスイスアルプスの象徴だが、昔から神の山として畏怖の対象であったそうで、ヨーロッパ人にとってはとても特別な存在であるようだ。

特に低地が国土の殆どを占めるオランダの人から見れば、あんなに尖った山は、日常の正反対、奇跡の結晶と考えられるのもわかる。実際、フレッドは若いころ、マッターホルンのふもとを旅行した際、奇跡のめぐり合わせを与えてくれた神に感謝し、奥さんにプロポーズをした。

一緒に観た友人は、「すごい映画!ここ10年でベスト!」といたく感動していた。私としては、前述したようになんとなく既視感があったが、コミカル・シニカルで少しハラハラもあり、最後は泣けるので、ティッシュが足りなくなって困った。

ちなみに、邦題の「孤独のススメ」というのは、余り作品にフィットしていなくて、「マッターホルン」のほうがどんなにかイイという気がするが、日本の市場で訴求するために、やむを得なかったのかなと思う。「孤独」はみんなが気になるテーマだし、「孤独のグルメ」も流行っている。『よりシンプルに、自分らしく生きるヒント』というキャッチコピーにも、惹かれる人が多いと思う。

ただし、一番の理由は、オランダや大陸ヨーロッパで「Matterhorn」が持つ背景・含蓄を、私たちは分からないためではないかと思う。

DSC_0889

主人公のフレッドは、自分のした事にひどく傷つき、それを回復させる過程で、人間として柔軟で、強く、魅力的になっていく。これは、誰にでもある成長のプロセスだと思う。

それを見守る人間を超越した存在。これを、畏れという方向ではなく、明るく朗らかに描いているのも、ひとつ特長ではないか。マッターホルン目線になり、小さな人間が出会いとか許しとかを重ねていくのが、いとおしい!って感じになる。

そんな感じで、今日は京都から引っ越す日。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中