島の天気は変わりやすい:ロンドン→マディラ

1月下旬のこと。インバウンド観光関連の業務で関空通いが続き、調査の進捗も芳しくなく、「空港に行けども何処にも行かず」という日々に心がポキポキに折れていた。4月にイギリスへ行くことは決めていたので、ロンドンからアクセスがよくて、3日間くらいでアウトドアが楽しめる場所を探していたところ見つけたのがマディラ島。まだロンドン行きのフライトも押さえていなかったのに、関空からの帰りのバスの中でチケットをとっていた。

ガドウィック空港から4時間。ポルトガル本土から1000kmの大西洋にある島で、島全体が火山(活動はしていない)からなり、黒っぽい安山岩が特徴だ。急峻な斜面に延々と、ぴったりと家や畑が拓かれている。

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昼過ぎに到着し、急市街をぶらぶら歩く。ほとんどが石畳になっていて、トロピカルな植物と青い空のコントラストが鮮烈だ。私見では英国、ドイツ、スウェーデンからのお客さん、特にリタイア後の人が8割方を占める。温かいからだろう、いつも見かける花は1.5倍くらいの大きさになっている。マンホールだってかわいい。

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1419年に2人の難破したポルトガル人が漂着し、そこから歴史が始まったことになっているようだが、実際は14世紀からイギリスやイタリアの文献には島の存在が記されているそうだ。その後、1420年代から移住が始まり、亜熱帯性の森が焼かれ、農地が拓かれ、農業用の水路が開削された。さらにアフリカからの奴隷が大量に移入され、砂糖の生産地として産業が勃興、産業革命前夜の富の蓄積を支えたという。

その後、ブラジルに砂糖生産が移行すると、マディラワインの生産が島の主要産業となる。1891年には人口が13万人以上あったというから、かなり大きな都市である。近年、1976年にはポルトガルから自治領として認められて、現在に至る。

20世紀に入ってからは、リゾート地、療養地としての開発が進み、今日では主要産業は観光。というか観光しか無くて、完全に観光モノタウン(monotown)と言えるようだ。ホステルのお姉さんに、何割くらいの人が観光産業に関わっているのかと聞いてみたところ、85%という答えが帰ってきた。統計を確認したわけではないので信ぴょう性は低いが、とにかく観光一辺倒であることは間違いない。

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1つ思うことに、この島は(人間の)歴史が始まった当初から、プレ資本主義経済の上に成立した、とても奇異な地域ということが言えるだろう。自然公園に指定されている森の深いゾーンもあるが、基本的に島全体が開拓しつくされていて、その風景は、人間の勤勉さとしぶとさに目を見張るばかりである。昔は砂糖とワイン、そして今は観光業。

そのいずれも島の外からお金を得るための、商品価値の生産であり、もちろん自給用の農業はあるはずだが、輸出産業があってこそこの地で発生した営みの一部なので、少し他の地域の農業とは意味合いが違うとう。なんとなく、鉱山の街に似ているかもしれない、と思った。

ちなみに、主要都市のフンシャルの人口は9.6万人で、ポルトガル国内9番目の人口規模の都市である。マディラ島全体で25万人程度らしいが、ポルトガルの人口は1000万人程度、首都のリスボンも50万人程度みたいだから、結構大きな地域であるといえよう。

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絵に描いたような素敵な老夫婦がたくさんいる。本当に仲が良いかは知らない。

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2日目にはトレッキングツアーに申込をするも、雨。昨日は爽やかな晴れだったのに、島の天気は変わりやすいのだ。
しかもすごく、すごく迂闊なことに、レインコートを忘れてきた…。mont-bellの折りたたみ傘で耐えるしかない。参加者は60歳オーバーの夫婦が8割、中年カップル2割、1人旅の人は私とあと1人だけだった。大きめのバンでそれぞれのホテルからピックアップしてもらい、トレイルのスタート地点に向かう。総勢80人くらいで、ガイドは4人。周りを見ると、短パンの人や、ぴらぴらのカッパの人もいる。

Levadoと呼ばれる水路の脇をずっと歩く。それだけといったらそれだけなのだが、地形がごちゃごちゃして、緑が豊かで、本当にきれいだ。晴れたら正にPleasantという感じだろう。雨に濡れるし、寒いし、ひどいコンディションではあるが、山はいいなぁと感じる。天気が悪いのも、その土地に来ている一部なのね。

しかし、アングロサクソンとゲルマンの人たちの、厳しい環境に対する耐性というか、気にしなさがすごい。かなり高齢の人も、ビチョビチョになりながら、歩ききっていた。途中、あまりに雨が強くなってしまい、行程の最後まで至らずに街へ引き返すことになり、さすがに終りの方は皆、濡れネズミで哀れな感じであった。

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さて、短い滞在を通してだが、観光がモノインダストリーになっているマディラ島、観光客からお金を絞ることが生きる路としている場所独特の、ちょっと不健康な感じがする時があった。ポルトガル本土のことを知らないので、なんとも比較のしようもないが、私が行ったのがフラワーフェスティバルという、大きなお祭りの後の閑散期だったからか、アジア人に慣れていなさそうな島の人たちの視線が痛かったからかもわからない。

しかし、観光客に応対する人たちが、疲れているというか活き活きしていない感じがする。トレイルツアーのドライバーのお兄さんと話した時も、結構暗い気持ちになった。なんでも、マディラの外に出たのは2回だけで、1回はフランスへ、もう1回はコソボへの派兵だったという。つらい経験だったそうだ。仕事は毎日あるわけではなく、今日のようにお客さんが入り、呼び出しがかかったら行くとのこと。

ホステルのお姉さんと話してる時に、マデイラ人としてのアイデンティティってあるの?と聞いたら、なんとも言えん表情で、「本土からはいつも差別されてるね、ここは昔流刑地でもあったから…」とのこと。しかも、自治政府は財政赤字がものすごいらしく、政府は信用してないけど、観光振興のための諸策(インフラ更新やイベント開催)は、政府に頼るしかない…と。

それでも、若者向けのホステルができたり、トレイルランの大きな大会が開かれたり、新しい動きもあるみたい。お姉さんも、やっぱり島の環境は素晴らしいと、少し控えめながらに言ってたので安心した。とにかく、ユニークな自然は一見に値するし、なにより温暖な気候で過ごしやすいのが良い。日本からちょっと遠いけど!

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一人だと自分の写真が1枚もなくなるもんで恥を忍んでセルフィー撮ることにした…がなんとも言えん顔…

さて、この旅と、6月にも少し出掛けてから、イギリスに行くわけだが、入学したら授業についていくことで精一杯になるはずだ。卒業後のポストを探すために、この半年で、曲がりなりにも自分のスタンスの軸を定めておきたいと思う。開発学のベーシックな考え方と対照しつつ、自分はどういう理想をもって仕事をするのか、言語化できないとならない。

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